2010年06月08日

軋む命の音が耳に残る『告白』

本好きで、映画好きで、時間がある人だったので観てきました(謎



『告白』



先月の月曜休日に劇場で予告を目にし、それから原作を読んでからだから約1ヶ月。

その余韻が消えない内に映画が観れるという体験はこれまであまり無く、

本当にタイミングが良かったとしか言いようがありません。

この手の作品は時間が経てば経つほど緊張感が失われていきますからね。






土曜に公開したばかりとはいえ、月曜の朝一(9時45分)はさすがに混まないという

長年培われた映画勘を働かせ、開演時刻にチケットを買う余裕を見せての入場でした。
(↑ちょっと寝坊したw)

予告が始まっている場内の端の階段を上り、振り返って座席を見上げると・・・





7・8割入ってる!?Σ(゚ロ゚;)






正直驚きました。

決して万人ウケするような作品ではないと思うし、ゲツアサイチで観ますか、と。

えぇ、自分のことはかなり棚に上げて言ってますがw

確かにメインキャスト3人の番宣は目を引きましたし、効果はあったんでしょうね。

『いいとも』でも松たか子→岡田将生のラインでテレフォンショッキングってましたし。

まぁそんなわけで、ゆっくり観るための選択がちょっと狂った形になりました。

幸い左右両サイドが空いた席を取れ、ホッと一安心(トナリ・シラナイヒト・オチツカナイw)。

『踊る3』の予告を観ながら「あぁなるほどw」とつぶやきつつ、さぁ本編突入です。

いつもの如く、ここからはネタバレを含みますのでご注意を。










事前に聞いていた通り、序盤30分はほぼ終業式での森口の独白。

荒れたクラスの印象はあっても、中学生があそこまで五月蝿いか疑問だったが、

それは後に来る静寂とのコントラストを際立たせるための演出なのかもしれない。

実はこの序盤、ちょっと退屈になる可能性があるかもと事前に感じていた。

本屋大賞のネームバリューで、原作を読んでから鑑賞というパターンの人が多いと思うと、

語りだけで通すシーンは知っていることの確認に近いものがあったから。



無論、そこには書籍では表現しきれない、先に挙げた演出や雰囲気があった。

特にそれを強く感じたのは、森口が【命】という一文字を黒板に書いた時だ。

最後の縦線を引いたチョークがキーッと甲高い音を教室中に響かせる。

顔をしかめながらも、騒がしかった生徒達は黒板に注目せずにはいられなかった。

しかしこれは生徒達よりも、監督から観客への警告音と感じた私は天の邪鬼だろうか。

あのイヤな音が暫く耳に残って、文字からは伝わらない緊張感が私を支配し始めていた。






新学期が始まり、ウエルテルの登場でクラスは何事もなかったかのようになる。

せめて我々だけはこの世の春を謳歌せんとばかりに踊り、狂う。

暗陰な劇中で唯一心を休ませられるのは、隣り合わせの死に目を瞑った生のダンスだった。

この監督の作品は他に観たことがないが、おそらくこうした演出が得意なのだろう。

しかし【持ち上げておいて落とす】は映画の鉄則。

ここから物語は、死のジェットコースターさながら、まっ逆さまに落ちていくのだった。






引きこもり始めた下村の異変に気付いた、その母親・優子の告白がスタート。

帰りの遅い夫、嫁いだ娘には相談出来ず全て一人で解決しようと奔走する彼女。

モンスターペアレンツという言葉を超え、息子を自分の理想に近づけようとすればするほど、

彼は指の間をすり抜け、離れていってしまう。

それが思春期にありがちな親への反抗とはもう言えない段階に来ていた頃、

彼女自身のモンスターが鎌首をもたげ出していた。






このあたりで、原作ではあまり意識しなかったテーマの存在にハッとする。

今さらで恥ずかしいくらいだが、単純明快、『告白』は母と子の物語だ。

事件の流れに目を奪われて、肝心のことを見逃していた。

書評(とは呼べない代物)では【人は人のことを何もわからない】と結論したが、

それをせめてわかろうと努力していたのは、母親達だけだったのかもしれない。

森口、優子、そして映画オリジナルの展開であるあの人の涙でそれは確信に変わった。
















あー、ダメだ。

何が書きたいのかわからなくなってきた。

研究室絡みのシーンはツッコミ所もあるんだけど、うまく書けそうもないや。

原作の引き際がバシッと決まっただけに、ラストの間延び感が残念だったし。

ただ、そのおかげで森口のあの何ともいえない表情が見れたわけだけど。

やはり他媒体とはいえ、2度触れてはいけない作品だったのかもな〜。






ヱヴァの為に買った映画誌『Cut』に、偶然中島監督と松たか子のインタビューが。

舞台裏を深く知りたい人は立ち読みでもいける文量かと、オススメ。

監督も本屋で立ち読みしてたら『告白』がふっと目についたんだとか。

ほらね、私の論理もあながち間違いじゃなかったでしょ?w

ニックネーム goddess at 21:23| Comment(2) | TrackBack(0) | movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

寝ても覚めても少年マンガ夢見てばっか

eva_ha1

行きなさいシンジくん!
誰かのためじゃない!
あなた自身の願いのために!




25日、TSUTAYAで『破』をフラゲしてきました。

時間さえあればずっと観ていたい・・・・・・飽きないなぁ。

この名シーンで何度泣いたことかねぇ。

覚醒した初号機を前に「人に戻れなくなる」とシンジを引き止めたリツコと対照的なこの言葉。

自分から何かをしたいという明確な意思を、初めてシンジの中に感じたからこそのこの言葉。

『破』の話題はチルドレンの変化・成長にとかく奪われがちですが、

私にとっての『破』はこのシーンを無くしては語れないですね。

お姉さんだったミサトの歳をいつの間にか追い越してたことも一因かとw



でもこの『破』ではミサトと加地がホントいい役回りしてるんですよ。

旧世紀版でも『序』でも立場は変わらないんだけども、新カットがさらに良くて。

海洋研究所でシンジに語る加地と、素直なアスカとの会話を喜ぶミサト。

どちらの何気ない会話の中にも「満ち満ちている」という言葉がある繋がりから、

父子・母子のシーンとして意図的にリンクさせたように感じました。

普通なら親に教えてもらうようなことでも、彼らにはそうしてもらえない環境でしたから。






eva_ha2

酔っ払い加地キタ―ヽ(゚∀゚)ノ―!

お楽しみの特典フィルムは加地さんでした♪

『破』は女キャラの露出が多かったので期待してたのに(マテ

まぁでも『序』の時の爆発シーンよりはましだったからイイw

だって運が無い人になると黒バック背景だけじゃなく・・・



つづく



とかあるらしいしねw( ̄▽ ̄;)オワター






eva_ha3

最近のテレビ周りw

ヤングエースのフィギュアから火が着いて、エヴァを3機保有です。

初号機と零号機によるヤシマ作戦を再現させたくなってついつい。

また『破』を観たら、次は弐号機のサンダースピアがほしくなったなぁ。

バチカン条約に引っ掛かるから5号機はおあずけですw

画像にはないけど、eva-extra07も今日ゲットしてきたし、映画が無い年でも

これだけ熱くなれるヱヴァは本当にスゴいよ。

というわけで、もうネタバレもいいだろうから最後におまけ。






eva_ha4

ザ・ビーストエヴァ弐号機

eva×kyosinhei

ナウシカ巨神兵



3回観たのに劇場ではあまり印象に残らなかった獣化した弐号機の歯。

じっくり見ればなんのことはない、巨神兵ですよ。

目の色感なんかもとてもよく似ていますし。

当時、納得のいく巨神兵の原画が描けなかった庵野青年。

監督となった今、重ね合わせた弐号機の行く末に何を見ているのでしょうか。
ニックネーム goddess at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

限りなく黒に近い『告白』

先週の月曜、映画を観に行った。

そのタイトルはとりあえずここでは関係ないので措いておく。

ある映画の予告が流れ出した。



kokuhaku

   『告白』



書店に足を運ぶことが多い私は、去年の本屋大賞を獲った作品としての認識と、

どこかのメディアによってもたらされた情報から、衝撃的な内容だという知識はあり、

かなり気になる存在だった。

そんなこともあって、予告を観ながら「この映画はいつか観るな」と漠然と思っていた。

それと同時に、『ザ・セル』を観た時に感じたような印象も受けた。



素晴らしい!しかし二度と観たくない



日曜日、思わぬ出来事があった。

タイミング良く、マイミクのこちが原作を読んだというのだ。

いいきっかけだと思い、翌日ブックオフに走った。

文字の上での約6ヶ月間の出来事は、24時間も経たずに幕を下ろす(正味3時間半)。

それほどまでに読ませられる作品だった。

ただ読了後に残ったのはやはり、『ザ・セル』のあの感覚だった。









以降、ネタバレを含むと思うので未読の方はご注意を。

こういう時はまず何から話せばいいんだろう。

まず第一章からある種の異様さがあった。

被害者の母であり教師でもある森口による台詞のみというスタイルで、逆に新鮮に読み進む。

読む前は、教室を舞台に森口が犯人を糾弾すべく延々と語るような密室劇をイメージしていたが、

さすがにそれではこれほどの内容をカバー出来なかった。



各章は主に登場人物たちそれぞれの告白で構成されている。

その告白は新たに語られる告白によって様々な色に変化し塗り変えられていく。

ただここで語られる告白、つまり各人の真実を知り得るのは読者だけなのだ。

第一章を除けばほぼ自らの独白ばかりで、彼らは他人が感じたものを全く見ていなかった。

いや、見ていたのかもしれないがそれが面白いぐらいにわかっていなかったのだ。

生徒と教師、生徒と生徒、親と子、そして愛するもの同士。

人は完全にわかりあう事なんてできない。

わかりあいたいと思う存在を目の前にしても私はこれを100%否定できない。

『告白』を読み最も深く感じたことは、人は人のことを何もわからないものだということだった。

今の時代誰しもが持ち得たそんな感覚を増幅するだけ増幅した本作。

これを書き進めながらも評価が二転三転し、素直に賛辞は贈れなくなった。



問題作であり傑作だがそうでないとも頭のどこかで思う、悩ましい。

しかし牛乳パックにHIV感染者の血液を…という件は、物語の中の話とわかっていても

現実に起こり得る恐怖となって、深く考え直していた読了後に襲ってきた。

小・中学生がこれを読む機会は少ないだろうが、なにせ本屋大賞となった作品。

これに影響を受けたような毒入り牛乳事件が起こらないことを切に願う。






そう、これがなぜ本屋大賞に選ばれたのかという疑問を抱いていたこち。

私の答えは、100人に聞かせても100人が違うと言いそうだが書いておこうか。

近年、脚本に恵まれなかった邦画界が息を吹き返している。

良作の小説を原作とした邦画人気は、今引っ張りだこの東野圭吾がその最もたるところだ。

どの書店でも東野作品が映画化される度に、原作のコーナーが拡大しているのをを見た。

ここまで言えば察していただけるだろう。

あくまで私の個人的推論に「察して〜」と言うのは難しいかもしれないが。



とにかく私は書籍よりも映画の方が大きな広告になると信じている。

書店で取り上げられた良作が映画化されることで、書籍に関心を持たない人の目に留まる。

少なくともその可能性が高まるのは間違いない。

それはテレビCMという媒体を通すと桁違いの結果になるだろう。

なぜなら、この類いの書籍がCMになることはほとんどないだろうから。

やがて映画を観に行った人は原作に思いを馳せ、観なかった人も作品自体に

全く触れ合わなかったよりは、書店で原作を手にする確率が雲泥の差となるはず。



そこで本屋大賞なる仰々しいものを作り、映画化に相応しい内容(もちろん小説として

素晴らしい出来でなくてはならないが)の一冊を選べば、ブームが去って売れ行きが

落ち込んでも、ちょうどその頃公開となった映画の反響で書店は潤う。

学園モノ・ジャパニーズホラー・衝撃のラストの3本柱とくれば、この作品の行く末を見据えた

店長たちはこぞって投票をしたのでは・・・。

なんてメディアミックス論、果たしてあるのだろうか。



真面目な話、同世代への警鐘の意味で読ませたいというのであればこれは全くのナンセンス。

あくまでフィクションとして、またはみんな結末で「エーッ!」となりますよといった

エンターテイメント性重視の大賞であるほうが、読者も安心して手に取れるのだがさて。






【あと気になったポイント箇条書き】

・計画が成功し愛美が死んだと簡単に思い込んだあたり、渡辺は所詮中学生

・全編を通してシリアスな中、唯一浮いた「うっそ、ぴよよ〜ん」の意図

・ラスト、森口による爆弾解体→移動(4時間)→再設置は時間的に可能か?

・映画ではウェルテルが岡田将生らしいが、私のイメージはGTOの体育教師
ニックネーム goddess at 23:15| Comment(2) | TrackBack(0) | book | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

posted by 269g